- 小市民シリーズ17話『ふたたびの秋』
- うたごえはミルフィーユ10話 『手と手』
- わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?) 11話『いつまでもこのままでいるのは、ムリ?』
- クレバテス-魔獣の王と赤子と屍の勇者- 8話『蟲の流動』
- 瑠璃の宝石 11話『サファイアのゆりかご』
- ハニーレモンソーダ 11話『想い、弾けて』
- 空色ユーティリティ 9話 『スペシャルなバズ』
- ふたりソロキャンプ 15話『すれちがいキャンプ』
- 渡くんの××が崩壊寸前 26話『最後に確かめたいこと』
- 笑顔のたえない職場です。 12話 『描いてて良かった!感動です。』
- まとめ
年内に記事を書ききるつもりだったが、今年も遅刻しての提出になった。悔しい…。
今年はかなり順張りな選出になったように思う。まあ、たまにはこういう年があってもいいよね。
小市民シリーズ17話『ふたたびの秋』
真夜中の公園。連続放火犯は捕まり、とうとう小鳩と小佐内は出会った。この事件について、小鳩がしていたことを知りたいのだと小佐内はいう。小鳩は、河川敷での不審火をきっかけに、事件に興味を抱いた経緯を語り出す。しかし小鳩にも、まだ推理できていないことがあって……。
この17話では前半に小鳩くんと小佐内さんの関係性の変化、後半では瓜野くんが受けた復讐の顛末が語られる。17話というとラストカットが印象深い。が、選出にあたって見返していると、むしろ前半の方が美味しかったことに気付いた。
「白馬の王子様が私の前に現れるまでは、私にとってはあなたが次善」
このセリフでわかる通り、小佐内さんは意外と乙女だ。いや、意外とではない。振り返ると作中では一貫してそう描かれていた。自分にとって好ましい変化を褒められると嬉しそうな素振りを見せるし、逆にそうでないところに反応されると怒気を見せている。
「わたし、いま別れ話を切り出してるの。別れ話って言い方が、ちょっと恋人っぽ過ぎるんなら、関係解消を持ち出しているの」
去年選出した小市民シリーズ10話に立ち返ってもそうだ。二人の関係を小鳩くんは互恵関係と称していた。が、小佐内さんは本当にそのように感じていたのだろうか。当時は演出盛り過ぎなだけだと思っていたが、いま見ると明らかに好意持ってたね…。
「ハッキリした男の子、わたし嫌いじゃないの」
瓜野の対しての発言だってそうである。あまりにも当て馬的な言葉だったので「悪女~!」と叫んでいたが、小鳩くんを想っていたからということで良かったじゃないか。そう考えると小佐内さん、だいぶかわいい女の子なのである。そして、小鳩くんは小佐内さん側から告白じみたことを言わないと、やはり動き出せない男の子なのだ…。
「瓜野くんが付き合ってくれの一言で済ませたことを、私たちどれだけの言葉を積み重ねなきゃいけないの?」
「小鳩くん、また一緒にいようね」

ド カ 萌 え ! ! !
「瓜野くんはどうしてこんな目に合わなければいけなかったのかな?」
後半では狼の牙が剥かれた理由が明かされる。ここで大事な点はひとつ。小鳩くんは夏と違って、小佐内さんの行動を否定はしない。行動の理由を聞くだけなのだ。
あまりにも物語の部分に着目しすぎているが、このやり取りでのアニメーション演技も大好きだ。『理由を言うだけなら良いけど…ちょっと言いたくないな。何か対価があるなら…あっ、そうだ。目の前にある栗きんとんがある。小鳩くん、わかるよね?』というのががちゃんと伝わってくる。映像でキャラクターの心象を描けていることは良いアニメの証だ。
そして、明かされた理由はこれ。

う~ん、いいアニメ過ぎ!初見の時はデカい声が出た。(※本当に声出した)
この作品を見た人ならわかると思うが、小佐内さんがどういう声色で回答したか色々妄想した。でも何回考えてもベストな答えが出てこなくて、この演出の奥深さを思い知らされた…。
また、そのままSugaRiddleが流れたことも気持ち良かった。2025年アニメの中で本編とEDの繋ぎが良かったのは、この回か永遠のユウグレ11話の二択だと思う。
改めて言おう。バイオレンスな印象が強い小佐内さんだが、実のところ行動原理は年相応だ。理性的に見えて直情的で、そのうえ繊細な乙女心を持っている。小佐内さん、シンプルにめちゃくちゃ萌えだろ!ちなみに小佐内さん、『次善』というワードを気に入ったらしく最終回でも言及している。
去年も小市民シリーズ10話を選出したが、正直ウケ狙いだったかもしれない。さらに言うと、『ファムファタル的な魅力に揺さぶられているオタク』を演じていた節もある。実際今年も瓜野くん尊厳凌辱回である16話を選ぶつもりだったし。それでもやっと、小佐内さんの本当の魅力に気付くことが出来たように思う。
小佐内さん、萌え~~~~~~~~!!!!!!!!!
うたごえはミルフィーユ10話 『手と手』
レイレイのParabola加入に戸惑うアカペラ部。掛け持ちを許さないミズキによって、レイレイの部活動はいずれ終わりを迎えることに。そんな中、6人の最後のステージであるクリスマスライブが決まる。しかしアイリは未だ迷いの中にいて――
2025年アニメと関係ない話をする。私は劇場アニメ映画として放送される予定の蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブが大好きだ。そんな私が2025年のアニメの中で、最も蓮ノ空と似通った良さを感じたのが、うたごえはミルフィーユである。
両者の共通点は、部活動を通して変化を描いている点だ。そんな中、うたミル最終回で出した答えがクリティカルヒットしたため紹介する。
「私、いまが永遠に続けばいいと思っているの」
「無理だってわかってる。だからせめてここで終わりが良いなって思ってる」
「毎日ほんとに楽しかった。いつかなくなると思ったら耐えられないくらい。みんな変わっていくよね…先に進んでく」
「ウタちゃんだって出会ったときとは全然違う。…ほんともう、置いてかないでよ」
部長であるアイリは劇中消極的な動きが何度も見られた。その原因が明かされるシーン。アイリの消え去りそうな「置いてかないでよ…」は名演だ。そして、そんなアイリを見兼ねて、ウタが手を差し伸べる。1話のアイリにはそんなことは出来ない。変化が行動に表れている。
「変わることってこわいです。ドキドキします。でも知らない自分に出会える予感がします」
「私は部長に変えてもらった私を好きになるので、部長にも好きになってほしいし…。一緒に変わりたいです、部長と!」
「たとえば、おばあちゃんになっても会いたいんです。もうその頃には見た目も考え方も変わっていると思うんですけど。たぶん人生色々あるんで」
部活動モノの変化を語る言葉として、『卒業』ではなく『おばあちゃんになる』を持ってきたのは衝撃だった。変化を拒む人に対して、一緒に変わっていこうと手を伸ばすことはよくある展開だ。が、『おばあちゃんになった時に"楽しい今"を"楽しかったあの頃"として振り返ろう』は、聞いたことがなかった。やられた…。
また、変わっていくことを「人生色々あるんで」と雑に落としているのも好きだ。まあ人生色々あるから実際そんなもんだし。
うたミルは原作者が監督も兼任したアニメであるため、とにかく台詞回しが良いアニメだった。そして、その結実はこのシーンにある。
「思ってることなんてそのまま言ったことないよ。小さい頃からわがまま一つ言わないで来ちゃったからいまさらやり方わかんないや」
「だからこそじゃないですか。音楽の中なら言ってもいいんですよ、そういうもんです」
「I love youを恥ずかしげなく言えるのはミュージシャンの特権ですから」
フュージョンクラストやないかい…!!!
時系列が前後するが、アイリは作詞に悩んでいた。先程紹介したシーンをモチーフとして作られた曲が、劇中最後に披露される曲となる。そして、そのタイトルが『思い出話』だ。
『思い出話』はこのアニメのOP曲だ。そのため視聴者としては放送の度に聞いているものだった。が、10話劇中歌として流れたそれは物語の出汁を吸ってとんでもないものになっていた。思い出話という過去を振り返るもので、今を全力で肯定されてしまったら言うことがない。完敗だ。

わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ ムリじゃなかった!?) 11話『いつまでもこのままでいるのは、ムリ?』
遊びにやってきた真唯も⼀緒に、紫陽花さんと三人で温泉街に出かけることになったれな⼦。
駄菓⼦屋や写真館を巡って、紫陽花さんが小さい頃の意外な一面を知る。
⼣暮れになり、浴⾐で縁⽇へ。
花⽕がすっごく綺麗だったけど、その直前、真唯と⼆⼈きりになった紫陽花さんに何かあったみたい。
それに気づけないまま、れな⼦はただ楽しく祭りの夜を過ごして……?
内容に触れる前にひとつ。
わたなれ監督の内沼菜摘さんと花火回といえば、やはり夫婦以上、恋人未満。の7話『花⽕以上、抱擁未満。』を思い出す。2022年10選の記事は出せなかったが10選自体には選んでいたので、こういった形で再開出来たことを嬉しく思う。
私は紫陽花さんが一番好きだ。私が周りから見てどう思われてるかは知らないが、どこか人の顔色を伺ってしまっている点に共感出来るからだ。特に肉親に対して顕著になるところは本当によくわかる…。紫陽花さんを応援する気持ちは、どこか自分に対しての気持ちものでもあるんだと思う。

『欲しいものがあっても、自分から手を伸ばすことはしないし出来ない。それでもつい手が伸びてしまった…』
紫陽花のままならない感情を見事に描いてかれている。この花火のワンカットは今年で一番良い画だと思っている。

ラストシーンの電車通過シーンも好きだ。紫陽花はレールを進むことしか出来ない優等生だ。そんな紫陽花の行動を阻害するのは、やはり電車であり、つまりは自分自身なのだ。
またこのシーンにおいてひとつ補足をする。れな子宅は調布駅にあり、紫陽花宅は武蔵野台駅にある。そして、京王線特急は武蔵野台駅は通過する。だが、調布駅には止まるのである。
遅刻したおかげで13話~がTV放送および配信されたので追記する。


※9話(れな子視点)と11話(紫陽花視点)の比較
本当にれな子って信頼出来ない語り手なんだよな…。
本人の自己評価が低かろうが、周りから見たら真正のヒーローなのである。映画フィーバーによって、わたなれの名前を見る機会が増えた。わたなれがここまで大きく世間に受けたのは、主人公であるれな子が見ていて気持ち良い存在だからだと思う。
しかし、れな子は好き好き言いながらも紫陽花さんが自分のことを好きだという理解に乏しいので、これからも紫陽花さんは苦労するのである…。
クレバテス-魔獣の王と赤子と屍の勇者- 8話『蟲の流動』
メイナードに扇動されたシロンの町の自警団により、アリシアたちが逃げ込んだ水車小屋は包囲されてしまった。出て来ないアリシアたちに痺れを切らし、松明を投げつけてあぶり出そうとする自警団のフィル。そこへ自警団団長のマークが現れる。勇者に聞きたいことがあると呼びかけられ、表に出たアリシアだが……。
「見たんだろう、あの月の山の向こうを。世界の果ての先を。どうだった、目指す価値はあったか?」「世界に果てはなく、どこまでも地平線が続いていた。目指す価値はあったか…?もちろんあった。しくじった私が言うのもなんだが、狭い世界だけ見ちゃ知り得ないことがたくさんあるんだ勇気を持って飛び出さなきゃ得られないものだってたくさんあるんだ。…出会いだって」「だから、世界を広げることに意味はある。あの尾根を超えて先を目指すことには価値がある。」
この作品の勇者の役割は『怪物を倒すヒーロー』だけではない。怪物を倒して外の世界にむけて進軍する。『世界を広げる存在』なのだ。アリシアも1話でそういった存在に選ばれた一人だ。
しかし、アリシアはクレバテスによって殺され、魔獣王としての力で蘇生された。ある意味でもはや本当の勇者とは言いづらい存在だ。しかし、精神性はやはり勇者のままなのだ。
…こういったロマンの話に私はどうしても弱い。

「僕は昔から勇者が嫌いだったんだ。大好きだったけど嫌いになったという方が正しいかな。来て欲しい時に来てくれなかった…。何もかも失った時、近所のおじちゃんおばちゃんの方がよっぽどマシだと思ったよ」

「勇者だ。あいつは間違いなく…勇者」

瑠璃の宝石 11話『サファイアのゆりかご』
瀬戸や笠丸が進路を決めていることにショックを受けたルリは、「……みんなはどうやって、先のこと考えてるんだろ……」と悩む。別日、伊万里から「自然の声を聴く」ことの大切さを教えられたルリは、サファイアの生まれた場所が気になり、再度サファイア採集に向かう。

「こんな本格的な研究をしていたのね…学者になりたいなんて思わないとか言ってたけど」「やだなぁ、私のは研究じゃないよ。研究っていうのは凪さんみたいにちゃんとした人がやることでしょ。私のは宝探しみたいなもんだよ」

優れた人に囲まれると自信がなくなることはよくある。瑠璃は凪さんのことを最初から尊敬して、どこか違う世界の人だと線引きしていた。しかし、立場が人を決めるのではない。行動が人を決めるのだと私は思う。
私も自身のやっていることや、得られた感情に対しては素直でいたい。そう思わせてくれたとても良いシーンだった。
「結局、まだ綺麗かどうかが基準なわけ?」
「そうだよ、私はやっぱりキレイな石が好き」

世界一良いアニメだ…。私もやっぱり面白いアニメが好き。
ハニーレモンソーダ 11話『想い、弾けて』
想いを伝えて、フラれてしまったときに関係性が終わると思い込んだ羽花は、みんなの前で界とはまったく正反対の男の子のことを、「好きなタイプ」と答えてしまう。界にフラれたばかりの真鈴は、羽花に嘘のタイプの男の子を紹介するといって、わざと界のバイト先で2人を引き合わす。見るに見かねて介入する界。羽花は界といっしょに帰り、もう二度と自分の気持ちに嘘をつかないと決意する。学校では体育祭が始まろうとしていた。
「ほんと、めんどくさいくらい俺の異変に気付くよな」「これからも駆けつけます」「どこにいても?」「はい」「前の石森みたいにベランダからしか入れなくても」「知らなかったですか、私も空飛べるんです」


「たくさん考えた…いや何も考えてない。どうなってもいい。どうだっていい。私は。三浦くんのこと。守りたい。この手で。私は、私は…好きなだけなんだよ」




説明不要。最高のシーン。三浦くんの後ろ姿が小さくなって消えていくまでも含めて最高なんだ…。
空色ユーティリティ 9話 『スペシャルなバズ』
いつものゴルフ練習場でアルバイトに勤しむ美波と遥だが、遥はどこか上の空。美波はふと、 ここしばらく彩花の姿を見ていないことに気付く。 SNSの更新もストップしており、 大学や撮影で忙しいのではと思いながらもメッセージを送ってみる と、返ってきたのは「タスケテ」の一言! 大慌てで彩花のマンションへ向かった二人が玄関の扉を開けると、 そこにはやつれた彩花が……!
「私ね、なーんにもなかったんだ。やりたいことも目標もなくてさ、なんとなく大学に行って、なんとなく就職して、なんとなく結婚して、そんな風にただなんとなく人生が過ぎていくように思っていた」

「私の人生にゴルフがなくても、困ることはきっとなかった。だけどね、ゴルフに出会ってからのほうが、わたし自分をもっと好きになれたの」
ふたりソロキャンプ 15話『すれちがいキャンプ』
厳とのくされ縁が続いている彰人。二人で飲みに行くことはあっても、一緒にキャンプに行ったことはなかった。彰人もキャンプ歴15年。父にキャンプのことを教えてもらっていた厳とは違うものの、失敗を繰り返し、時間を掛けて自分のスタイルを確立していった立派なキャンパーだ。二人はたまたま同じ日に、同じキャンプ場でソロキャンプをしていた。
ふたりソロキャンプはアベレージが高く、安心して見れるアニメだった。そんなふたキャンから選ぶのであれば、やはり男の友情回である15話を選びたい。
「俺にとってゲンはキャンプそのものなのかもしれない。適度な距離だからこそ長く付き合っていける。無理のない関係だからこそ続くものもある」
「これが俺らのふたりソロキャンプ」
男同士の友情というものは描写が難しいものだ。当人たちが思っているよりベタベタしているように周りからは見えることもある。その逆も当然ある。女性作者が書く男同士の関係性を批判する訳では無いが、違和感を感じることは多い。
そんな中、この二人の関係性は社会人以降の友人関係として、とても身近に感じた。そして、こういう関係はなかなかに貴重だということも補足しておきたい。

また、その上で趣味に対しての向き合い方としても総括されたのが良かった。常に全力で趣味と向き合うというのは難しい。距離感を間違えると、やはり生活に食い込みすぎて問題が生じることが多い。
アニメという趣味には長く付き合っていたいので、これからも適度な距離感で無理せず続けていきたい。
渡くんの××が崩壊寸前 26話『最後に確かめたいこと』
直人は料理店での仕事も段々とこなせるようになってきて、調理師資格取得のため勉強し始める。紫はドラマの主演を見事やりとげた。紗月は、実家の旅館を継ぐか別の仕事をするかまだ悩んでいるが、どちらの道を選んでも居場所はなくならないと考えられるように。みんなそれぞれが自分の進路を歩みだしていた。庭の菜園では、鈴が育てたひまわり畑が満開に。夏休み最後の日、直人は紗月がまた来たいと行っていた海へ一緒に出かける。
渡くんはとても良いアニメだった。『腹を割って話すことで解決できることだってある。対人関係の問題にはまっすぐ向き合うべき』と嫌味なく描けているのは、この作品は人間の善性を信じていたからだ。
そして、なおくんと沙月が結ばれて以降の後日談3話は全部良かった…。なおくんと沙月の問題の関係以外にも、この作品で現れた問題はたくさんある。サブキャラクターたちが抱えているものだ。ご都合主義的だとしても、その一つ一つに対して解決の糸口を与えてあげていたことが私は嬉しい。
特に妹である鈴白ちゃんへのアプローチが素晴らしかった。物語序盤ではなおくんの優先順位は鈴白ちゃんが一番で、だからこそ常に余裕がない。結果、発生する問題に対して右往左往する羽目になっていた。が、そんな右往左往するなおくんを見て、鈴白ちゃんは俯瞰的に物事を見れるようになった。少しだけ大人になり、人を赦せるようになった。25話のなおくんへの赦し、26話での沙月への赦し。どちらも私の大好きなシーンだ。


※それぞれ目線の向き合い方が異なるのが良い
そんなわけで渡くん後日談編は全部大好きなのだが、なぜこの回を選んだかという話になる。それは最後に沙月に渡したプレゼントが、あまりにもモチーフとして完成されていたからだ。

沙月は、自分の出自から孤独を常に抱えていた。故に自己肯定感が低く、幸せな状況になると『時間が止まればいいのに』と考えてしまう性分だ。そんな沙月へのアンサーとして、『いつもそばで、時間を刻み続ける』腕時計を持ってくるのはこれ以上ないだろう。
願わくばこの二人が末永く同じ時を歩んでいってほしい。
笑顔のたえない職場です。 12話 『描いてて良かった!感動です。』
双見、梨田、和。それぞれの躍進を祝うため、滝沢宅でピザパーティーが開催されていた。そして時を同じく、双見のマンションでは佐藤、瑞希、塔子による裏方メンツのチキンパーティーが開催中。そこへ帰宅した双見は、『昴へ』2巻発売のサイン会の開催を知らされる。“原稿の先にいる読者”に会うため、双見は佐藤と共に、故郷の書店へと向かう――
9作はほぼ決まっていたが、最後の1枠は正直かなり悩んだ。それならばと、年の瀬に一番胸を打ったえがたえ12話を選んだ。アニメというより、色々なジャンルにおいて演者を好きな自分としての側面が強い。
「どんな業界でもプロって実力だけじゃやっていけないから…」
「運でしょうか?」
「っていうより、縁だね」
『実力があるのは当然で、後は運が回ってくるかどうか』とは、よく使われる言葉だ。実際、自分自身これまで応援してきた人たちに対してもそう思っている。『この人すごい!絶対に日の目を浴びてほしい!』と思っても、良い結果が出ないことは多い。むしろそれならまだ良くて、自分が望んでいない形で花開くこともままある…。そんな経験から、自分はこの言葉のことを呪いだと思っている。だから、この言い換えが刺さったのだ。もうそれは深くに。
この後、双見先生のサイン会を描写していたのもありがたかった。縁という言葉を演者から受け手である私へ向けてくれたことが何よりも嬉しい。
運という言葉は、成功や失敗に修飾されるものだ。しかし、縁という言葉であれば、結果がどうあったとしてもその世界に内包してくれるから嬉しい。思った形じゃなかったとしてもこの縁があって良かったと言ってくれるなら、それもひとつの正解だったと思えるわけで…。
と、まあそんな勝手なことを考えながら、この回をウルウルしながら見ていた。そうしていると、Bパートでは作中作のモチーフとして言及されていた”ろう者”の読者が登場した。主人公の双見先生のこういう人たちに届けたいという思いと、私が勝手に描いた思い。それらが交差した結果、作品としてちゃんと泣かされてシンプルに完敗だった。
まとめ
最後にえがたえ12話を持ってきたことはそういうことだ。
この記事を読んでくれた”縁”のある皆さんにも幸あらんことを。来年もどうぞよろしくお願いします。良いお年を!
と、締めようと思っていたのに大遅刻したので顔がない。おしまい。



































